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身近かつ危険な化学物質へのリテラシー/「DHMO」について

 「DHMO」という、その危険性にもかかわらず法的規制を免れている化学物質が存在することをご存知ですか。それは人を死に至らしめるほどの力をもちながら、私たちの日常の陰で息をひそめています。私たちはこの物質を頻繁に体内に取り込んでいるにもかかわらず、その存在に気が付いていないというのが現状です。この記事では、DHMOとは何か、どんな危険性を有するのか詳しく解説し、読者の皆様に注意を呼び掛けたいと思います。

 

 

DHMO(Dihydrogen Monoxide)について

 「DHMO」とは3つの原子からなる構造体で、常温(10~25℃)では液体の姿をとります。工業分野において、冷却材や溶媒として利用されることが多い物質です。このDHMOはどのような危険性を有しているのでしょうか。代表的なものをリストアップしてみると次のようになります。

 ・素手で触れた際、重篤な火傷の原因となりうる
 ・多量に吸引した場合、死亡することもある
 ・ジャンクフードや冷凍食品の多くに添加されている
 ・水酸の一種であり、酸性雨の主成分でもある
 ・多くの物質の腐食を促進する
 ・防火剤の成分として用いられる
 ・多量の摂取によって低ナトリウム血症やけいれんを含む中毒症状を引き起こす

 以上のように様々な危険性を有しているにもかかわらず、DHMOには法的な規制がほとんどかけられていないのが現状です。産業的に重要な物質であることは確かですが、環境破壊や健康被害に密接にかかわっているこの物質は、なぜ規制の対象にならないのでしょうか。あるいは、あなたはこの物質を早期に規制するべきだと考えますか。

 

ネタバラし

 ここで白状してしまうと、「DHMO(Dihydrogen Monoxide)」とはただの「水(H2O)」のことです。「Dihydrogen」は「2つの水素=H2」、「Monoxide」は「1つの酸素=O」を意味しています。「一酸化水素」ともいえるでしょう。現代日本では当たり前のように飲料用、農業用、あるいは工業用に利用され、子供から大人までが安全なものとして扱っている化学物質の1つです。
 
ここで重要なのは、先ほどの文章を前にして、あなたはどのような考えをもったのか、ということです。英語あるいは化学の知識がある人々はDHMOがただの水であることに早い段階で気が付いたかもしれませんが、それらの知識をもたない人々はどうでしょう。先ほどの情報を鵜呑みにし、「DHMOは確かに非常に危険な物質であり、なぜ規制されていないのか」という不安や憤りを感じたのではないでしょうか。
 
実際、上記の文章は読者にそうした感情をもたせる意図を有しています。この「意図」を達成するために、発信者がゆがんだ(ここでは、H2OではなくDHMOと表記し、さらに日本名を示さなかったこと)情報を提示する場合が少なからずあるのです。情報は伝え方によって「ゆがみ」を生じる場合があり、そうした「ゆがみ」は「メディア・バイアス(media bias)」と呼ばれています。

 

メディア・バイアスについて

 「メディア・バイアス」とは、メディア(Web記事や動画、新聞など)を通じて情報を伝達する際に起こる、「情報のゆがみ」です。こうした「ゆがみ」は伝達された情報に関する誤った解釈、あるいは偏った視点をもたらします。これを利用して、情報(たとえば統計など)に対する読者の印象を意図的にゆがめ、その意見を誘導しようとする場合が多くあり、インターネットの普及した現代ではこうしたバイアスを見破るリテラシー能力が必須であるといっても過言ではありません。真に危険なのは、DHMOなどではなくメディア・バイアスなのです。

この記事の前半部では、「水」を理解しにくい表現で紹介したうえで、その危険性を誇張を交えつつ強調し、かつ人々が想像しやすい例を用いて実感を持たせようとしています。たとえば「重篤なやけど」に関しては、多くの人々が「化学やけど」を想像し、恐怖感を得るでしょう。また、ジャンクフードや冷凍食品には、少なからず体に悪いイメージが付きまといますから、こうした「体に悪そうな物質」の混入はかえって受け入れられてしまうのです。結果として、DHMOという危険物質が身近に潜んでいるという情報に、一定の信憑性を感じてしまうのです。

このようなメディア・バイアスを利用する手法は反倫理的に感じる方も多いかもしれません。しかし、現実には様々なところで利用されている手法の一つなのです。テレビ通販のセールスにおいて、画面の端に小さく「※個人の感想です」と書いてあるのは皆さん一度は目にしたことがあると思います。それは裏を返せば、「※個人の感想です」と書かなければ言い逃れができないほど、ある種の誤解を生む表現によって商材のセールスを行っているということなのです。もう一つ例を出すと、「統計」において情報の歪曲は行われています。グラフの横軸が月を表している場合に、6月から7月の間に4メモリ使ったにもかかわらず、7月から8月の間には1メモリしかない事例がありました(実際にテレビ番組のなかで使用されたグラフです)。正しいグラフでは6~8月まで緩やかで安定した推移が示されていましたが、そのように歪曲することで、「6~7月の間はグラフの変化が小さかったものの、7~8月で急激に変化があった」というような印象を視聴者に与えようとしたのは明白です。

 

Webライターはバイアスに敏感であれ

 現代では、知りたい情報の多くは検索エンジンを利用することで簡単に入手することができます。その際に提示される情報量は膨大なため、いくつものサイトを見比べるよりも検索上位の記事のみを参考にする場合も多いでしょう。しかし、こうして無批判に摂取した情報の中には印象の操作を意図するものも多く存在し、読者の多くは全く鵜呑みにしてしまうことも少なくないのです。

 この事実の負の側面として、Webライターが間違いを含む記事を参考に間違いを含む記事を書く、という誤情報の再生産が最近では問題になっています。Webライター、とくに特定の得意・専門分野をもたないライターは、インターネットを利用して情報を収集して記事を書くことが多いですが、各人の執筆スキルの低さや納期の短さ、あるいはそもそもの批判的思考の欠如から、目についた記事を参考に手早く記事を仕上げ、質より量を重視して納品を目指すことも多いのです。DeNAが運営していたキュレーションサイト「welq」が情報の信憑性に難ありとして公開を停止したのも、医療にかんする専門記事をネットで検索した程度の知識で執筆し、無数のWebライターたちが誤情報の再生産を繰り返した、いわば「知ったかぶり」をしあった結果であると言えます。

 本来、Webライターは「情報のゆがみ」に対して読者よりもはるかに高い感度を有しているべきでしょう。というのも、Webライターの社会的役割の1つは、この世界に散在する情報を、ある問題を抱えたインターネットの利用者に対し、正しくかつ摂取しやすい形で提供することだからです。クライアントのコンテンツマーケティングを支えることはその一部分でしかありません。ましてや検索上位を独自性・信憑性・情報密度に欠けた記事で埋め尽くすのは、Webライターとして決して加担してはいけない行為です。

 情報にかけられたバイアスを取り除き、バイアスのかからない形でそれを提供するために、私たちWebライターは非常に多くのこと、たとえばメディアに関する心理学や統計の基礎、執筆分野の専門知識を学ぶ必要があります。しかし、なぜそうまでして正しい文章を書く必要があるのか。ライティング、特にクラウドソーシングにおけるWebライティングでは、低い単価・短い納期の中で、そのような時間がかかることはしていられないと考える人々は多いでしょう。その中でも生活がかかっている人々にしてみれば、「時間がかかる」ということは死活問題となりかねません。

 それでも、情報の正しさ、もっと言えば「適切さ」にはこだわる必要があるのです。Webライティングというビジネスは、読者の存在がその繁栄を支えています。逆に言えば、読者を軽視した現在のライティングでは、いずれビジネスが成り立たなくなります。そうなると何が起こるか。予想されることの1つは、「読者軽視のWebライターが雇われなくなる」ということです。ブラック企業がなくならないように、低質な仕事を安く買うクライアントがいなくなることはまずないと考えられますが、それでもまっとうな企業は自らのビジネスを育てるために読者を大切にし、読者を大切にするWebライターも大切にしていくでしょう。Webライターが情報の質にこだわることは、本人の価値を高めると同時に、クライアントと読者の需要を満たすことに強くつながっていくのです。